梅若研能会二月公演
(平成30(2018)年2月15日(木)開催
於 セルリアンタワー能楽堂)にて
中村裕が『野 宮』(ののみや)の仕舞を勤めさせて頂きました。
まとめ
- 『野宮』の題材は『源氏物語』賢木(さかき)*1であり、
後シテは六条御息所(ろくじょうのみやすんどころ)です。
六条御息所を扱った他の作品に『葵上』があります。 - 御息所は、源氏物語と同様に、知性と教養の溢れる魅力的な女性に描かれています。高貴で聡明な女性でも、寂しい境遇となると、嫉妬や妄執*2が募っていった様子が描かれています。
- 京都嵯峨野を舞台に、高貴で聡明な御息所の、昔を懐かしむ深い切なさや、辛く悲しい恋の妄執といった心の様子を、優雅に品よく描いた曲です。
あらすじ
諸国一見の旅僧が、嵯峨野宮の旧跡*3を訪れ、一人の女(前シテ)に出会う。女は、光源氏*4が六条の御息所*5をこの野宮に訪ねたのは、今日九月七日であったと語り、僧の求めに応じて、御息所が源氏の訪問を受けたのち、伊勢へ下向していったことなどを語り続ける。さらに、僧に尋ねられて、女は、自分こそ御息所であると告げ、鳥居の陰に消える。(中入)。
僧が弔いをしていると、御息所の亡霊(後シテ)が車に乗って現われ、賀茂の祭り*7に葵上と車争い*8をして敗れたことを語り、迷いを晴らしてほしいと頼むのであった。そして、昔を思い起こして舞(序舞*9)・(破舞*10)を舞い、源氏の訪問のあった昔をなつかしみ、生死の道に迷う自分は神の意に添わぬであろうとのべつつ、再び車に乗って出ていく(二時間)。
出典:三省堂『能楽ハンドブック』
*1 | 『源氏物語』 さかき 賢木 |
平安時代中期に成立した日本の長編物語、小説。 紫式部作。 (『野宮』の題材となった個所は 下記に、別途、解説を記載しています。) |
*2 | もうしゅう 妄執 |
仏教用語 特定の対象に過剰なこだわりを見せること。 一つのことにとらわれること。 |
*3 | 嵯峨野宮の旧跡 | 京都嵯峨野の野宮神社などが跡地と言われるが 現在では嵯峨野のどこに野宮が存在したか正確には判っていない。 嵯峨野の旧跡は、伊勢斎宮*aの精進屋*bとして知られていた。 |
*a | 伊勢神宮 | 伊勢神宮に奉仕した斎王*の御所 *伊勢神宮または賀茂神社に巫女として奉仕した未婚の内親王(親王宣下を受けた天皇の皇女)または女王(親王宣下を受けていない天皇の皇女、あるいは親王の王女) |
*b | 精進屋 | 祭りや参詣の前に心身を清めるためにこもる建物 |
*4 | 光源氏 | 紫式部『源氏物語』の主人公。光源氏には正妻(葵上)がいた。 |
*5 | 六条の御息所 (六条御息所) |
『源氏物語』光源氏のかつての恋人の一人。 |
*6 | げこう 下向 |
都から田舎へ行く(遠ざかる)こと。 |
*7 | 賀茂の祭り | 京都のもっとも古い神社である上賀茂神社で行われる祭り。 現代では、葵祭と言われ、石清水祭、春日祭と共に三勅祭*cの一つである。 かつては、庶民の祭りとされていた祇園祭に対して、賀茂氏と朝廷の行事として行っていた祭りを貴族たちが見物に訪れるという貴族の祭。 |
*c | ちょくさい 勅祭 |
天皇の勅使(使者)が 派遣されて執行される神社の祭祀。 |
*8 | 車争い | 平安時代、祭りの見物などのために 牛舎を停める場所について 双方の従者たちが争うこと。 |
*9 | じょのまい 序舞 |
能の一つの演目の中にある、3つに構成したうちの最初の舞。序破急*dの序。 |
*10 | はのまい 破舞 |
能の一つの演目の中にある、3つに構成したうちの2番目に行われる舞。序破急*dの破。 『野宮』の破舞は大小物(だいしょうもの/大鼓・小鼓・笛)編成で奏される。 |
*d | じょはきゅう 序破急 |
能や浄瑠璃で述べる場合は、速度と一致するしないにかかわらず、「序」は導入部、「破」は展開部、「急」は結末部を示す演出上の三区分である。 「序」はすらすらと平明に、「破」は技巧をつくし変化にとませ、「急」は短く躍動的に演ずる。 能では、開始から終結までの進行の原理として、一曲の能のみならず、一日の能の催し(番組)から、所作の一挙手一投足に至るまでこの原理が適用されるべきであると、15世紀初頭、世阿弥『風姿花伝』で述べられている。 『風姿花伝』より 元々は、日本の雅楽の、舞楽曲の中で中心となる曲の楽章構成単位の名称に由来する概念である。雅楽の楽曲構成上の三区分。洋楽の楽章に相当する。 映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』が4部作(序/破/Q/シン(正しい表記は現代音楽の楽譜における反復記号の終了の記号文字))であるのは、元々は3部作の予定だったことに起因しているためでもあるらしい。 |
『源氏物語』賢木 あらすじ
『野宮』に関連する箇所
光源氏が23歳秋(9月)から25歳夏にかけての話。
正妻の葵の上(あおいのうえ)が亡くなり、これで六条御息所(ろくじょうのみやすんどころ)も晴れて源氏の正妻に迎えられるだろうと世間が噂するのとは異なり、御息所と源氏との縁は程遠くなりました。御息所は、美しく気品があり、教養、知性、身分共に優れていたためにプライドが高く、源氏はそんな彼女を持てあますようになったからでもありました。源氏にのめりこんでいった御息所は、独占したいと渇望しながらも、年上だという引け目や、身分高い貴婦人であるという誇りから素直な態度を正直に見せることができず、自分を傷つけまいと本心を押し殺しました。
やがて、御息所は、源氏との結婚を諦め、娘の斎宮と共に伊勢へ下ることを決意します。紫の上と結婚した源氏も、御息所を哀れに思って、別れを惜しむために、秋深まる野の宮を訪れました。御息所は、源氏と顔を合わせてしまうとやはり再び思いが乱れてしまいましたが、予定を変えることなく伊勢へと下って行きました。
背景
作者 | 金春禅竹 |
題材 | 『源氏物語』 第10帖 賢木 |
場所 | 京都嵯峨野 野宮の旧跡 →現在の京都市右京区嵯峨 |
季節 | 晩秋 旧暦9月7日 →現在の10月頃 |
分類 | 三番目物 本鬘物 |
登場人物
前シテ
里女 |
後シテ
六条御息所 |
ワキ
旅僧 |
間狂言 里人
ギャラリー
参考
『野宮』- 耕漁『能楽図絵』後編 下
(→ 「浮世絵検索」)
『野宮』― 耕漁『能楽図絵』及び 他の作品
(→ 「文化デジタルライブラリー」)
(運営 独立行政法人日本芸術文化振興会)