『曽我物』曽我兄弟にまつわる演目

日本三大仇討ちの中でも、赤穂浪士の討ち入り(十八世紀初頭、元禄期)と鍵屋の辻の決闘(伊賀越えの仇討ち/1634年、寛永期)は江戸時代に起こった事件ですが、能で表現されるのは鎌倉時代初期にあった曽我兄弟の仇討ちです。

それらの能の演目は軍記物風の英雄伝記物語『曽我物語』を典拠(てんきょ/出典)としていると言われています。しかし、鎌倉時代の歴史書『吾妻鏡』など他の記録と異なる内容もあるため、史実は複数の説がある部分があり、記述がないために事細かには把握できない箇所もあるそうです。

曽我兄弟の仇討ちにまつわる能の演目の中でも、能『小袖曽我』に描かれるのは、鎌倉時代初期に、伊豆国、主人公である兄の曽我十郎祐成(すけなり)と弟の曽我五郎時致(ときむね)の母の家が舞台で、仇討ちの前のお話です。

父 河津祐泰の仇である工藤祐経への仇討ちが駿河国富士野で行われ、祐成は仇討ちの時に、駆けつけた祐経の部下に討たれてしまいます。同じ伊東家の中でも曽我兄弟と工藤家は家督争いをしていた血縁関係ですが、双方ともに御家人(源頼朝の家臣)であり、後に時致は決まり事を破ったとして謀反人として処刑されてしまいます。

令和4(2022)年NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』第22回・第23回では、現代の人々が知っている筋書きとは少々異なるように描かれました。曽我兄弟にとって主人公 北条義時はいとこにあたり、どちらも祖父は伊東祐親です。鎌倉幕府が始まる前、平氏を討っていく過程でも、源頼朝に従わない、都合のよくない血縁者も淘汰されていきます。一般的にも血統や血縁関係が大切であった上に、さらに家督争いもあったため、一切油断のできない状況でした。このドラマで義時は、鎌倉殿(当時は源頼朝)に対する曽我兄弟の謀反を阻止する為に、謀反のさなかに祐成を討ちます。そして、「敵討ちを装った謀反」ではなく「謀反を装った敵討ち」という御家人としての美談であるということにして、時致の積年の思いも踏みにじって事態を収拾させます。鎌倉殿の体面を保つだけではなく、万が一、この先に義時の父 時政が仇討ちやその真の狙いを知らずに曽我兄弟に兵を貸したことが明るみとなったとしても、北条家を守るためにそのような采配を振りました。

なお、能『小袖曽我』について、檜書店『観世』にて、同誌平成31年2月号に『鎌倉殿の13人』の時代考察を担当されている坂井孝一さんが、平成31年3月号に佐藤和道さんが寄稿されています。

『曽我物』を表現した作品

ジャンル 演目 ストーリー
『禅師曽我』 仇討ち後 十郎祐成
(既に亡くなっている)
五郎時致
(既に亡くなっている)
小袖曽我 仇討ち前 十郎祐成 五郎時致
夜討曽我 仇討ち
『和田酒盛』 仇討ち前
歌舞伎 寿曽我対面 仇討ち前
助六由縁江戸桜
歌舞伎の十八番の一つ
通称『助六』
別設定 白油売 新兵衛に扮した十郎祐成 侠客 花川戸助六に扮した五郎時致
文楽 近松門左衛門
世継曽我
仇討ち後 十郎祐成
(既に亡くなっている)
五郎時致
TVドラマ NHK大河ドラマ
『鎌倉殿の13人』
(22話 23話の一部)
仇討ち
(謀反)
十郎祐成 五郎時致
ミュージカル 『刀剣乱舞』
髭切膝丸 双騎出陣
仇討ち 髭切が務める十郎祐成 膝松が務める五郎時致
能『小袖曽我
耕漁『能楽図絵前編上
国立国会図書館
能『小袖曽我
耕漁『能楽百番』
シカゴ美術館
能『夜討曽我』
耕漁『能楽図絵前編下
国立国会図書館

江戸時代の歌舞伎では、正月の曽我物の演目の上演が大当たりしたことをきっかけに、正月は曽我物の演目が兄弟の鎮魂のために上演され恒例となっていました。これに関連して、曾我物の演目にまつわる歌舞伎を表現した浮世絵は枚挙に暇がありません。

耕漁『能楽図絵』は、
国立国会図書館デジタルコレクションの規定に則り
掲載しています。

耕漁『能楽百番』は、
米国 シカゴ美術館の規定に則り
掲載しています。