能『鞍馬天狗』(第30回 新潟薪能)

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能『鞍馬天狗』 まとめ

  • 新潟の地元のお子様たち(日頃からお稽古に励んでいる中学生のお弟子さんと公募で集まって頂いてから能のお稽古を始めた4名のお子様たち)が子方として舞台に立ちます。
  • 南北朝時代から室町時代初期にまとめられた軍記物語『義経記*1』(ぎけいき)を題材としたと言われている、牛若丸(沙那王/源義経)の幼少時代のお話です。
  • 父 源義朝が平治の乱(1160年に発生した政変)で敗れて平家一門が台頭し、牛若丸は幼くして京都 鞍馬寺*2に預けられ、不遇の日々を過ごしていました。平清盛の子など平氏の子供たちの中で過ごさなければなりませんでした。
  • 牛若丸は僧に連れられて行った花見で山伏と出会い、お互いの境遇に同情し好感をもち一緒に花見をしました。牛若丸が名を尋ねると、山伏は実は大天狗であると明かします。
  • その翌日、牛若丸が約束通りに会いに行くと大天狗として現れ、全国各地からも大天狗が呼びつけた天狗たちが大集合。牛若丸は大天狗から健気に兵法を習います。大天狗は平氏の滅亡を予言し、牛若丸の守護となることを約束します。
  • 34年前に父や姉3人と共に子方 稚児の一人として初舞台を踏んだ中村政裕(当時3歳)が前シテを、中村裕が後シテを務めさせて頂きます。
後シテ 天狗 中村 裕

子方 牛若丸 長女
(当時中学一年生)
前シテ 山伏 中村 裕

子方 牛若丸 長女
子方 稚児
次女・三女
および 中村 政裕
(当時3歳)

牛若丸 長女

第二回 中村裕後援会能 昭和63(1988)年1月21日(木)
より大きな写真もご覧頂けます。
撮影 前島吉裕/前島写真店

能『鞍馬天狗』 あらすじ

鞍馬山の僧が大勢の稚児を連れて花見に出かけます。小舞*3などを楽しんでいると、その席にぶしつけな山伏が来て座り込みます。僧達は立ち去りますが、一人だけ居残った子供が山伏に親しげに話しかけます。それが源義朝の遺児、牛若丸でした。平家の稚児たちにのけ者にされていることに同情した山伏は、牛若と連れ立って山々の桜を見て歩きます。自分は実はこの山の大天狗*4だと明かし、明日の再会を約束して僧正ヶ谷*5へ立ち去ります。

(中入)牛若が薙刀*6を手にして待っていると、大天狗が日本各地の天狗を引き連れて現れます。大天狗は漢の張良*7黄石公*8*9をささげて兵法を授かった故事を物語ります。牛若に力を授け、守護を約束します。

  ぎけいき
*1 義経記

南北朝時代から室町時代初期に成立されたとされている全8巻の、源義経とその主従を中心に書いた作者不詳の軍記物語。

 くらまでら
*2 鞍馬寺

京の都の奥の鞍馬山(京都盆地の北、現在の京都府京都市左京区鞍馬本町)にある、宝亀元(770)年に創建されたと言われている鞍馬弘教の総本山の寺院。
>>> 鞍馬寺 鞍馬山案内図

鞍馬寺 本殿金堂・金剛床

桜の季節の鞍馬寺

鞍馬寺 仁王門

鞍馬寺 魔王の滝

鞍馬寺 木の根道
牛若丸もここで修業したと言われている

鞍馬山全体全体に、義経(牛若丸)と天狗にゆかりのある地が多い。

大原三千院比叡山延暦寺はより東にあり琵琶湖に近い。

  こまい
*3 小舞

狂言方が舞う短い舞。能の仕舞より短くて派手である。

 てんぐ
*4 天狗
元々は中国において凶事を知らせる流星を意味するものだったが、日本では奈良時代の歴史書『日本書紀』(720年成立)から記載がある。神や妖怪とも言わる伝説上の生き物。
鞍馬天狗の大天狗は、日本全国の天狗を束ねる存在だったと言われている。
  そうじょうがたに
*5 僧正ヶ谷

現在の京都市左京区鞍馬本町にある、鞍馬山の鞍馬から貴船に抜ける山道の途中にある地名。

 なぎなた
*6 薙刀
長刀(ちょうと/なぎなた)。柄が長く、柄先が弓型の刀がついた武器。
平安時代から存在する。
  ちょうりょう
*7 張良

紀元前251 – 紀元前186年。劉邦(前漢(紀元前206年-8年)建国の王、高祖(こうそ))の臣下。祖父も父も韓の相国(しょうこく/廷臣の最高職)を務めた名族出身。原泰久 原作の人気マンガ、そして、アニメ映画でも人気の『キングダム』でもおなじみの春秋戦国時代の後、秦が中華統一をした後に、始皇帝(『キングダム』では嬴政(えいせい))の暗殺を企てたが未遂に終わった漢の政治家、軍師。暗殺未遂の後、始皇帝は中華統一の後、各地を旅して視察に回った。一方で、張良は始皇帝から逃れるために下邳(かひ/現在の江蘇省徐州市の東の邳州(ひしゅう)市。秦の首都 咸陽(かんよう)から約1,000km離れている)に身を置いた。後に、劉邦に仕えた。黄石公から兵法を学んだ際に、紀元前11世紀の周の太公望(たいこうぼう)兵書(六韜(りくとう))を授かった。

観世小次郎信光作の能『張良』もある。

 こうせきこう
*8 黄石公
生没年不詳。中国を初めて統一した秦の時代に生き、張良に兵法を教え兵書を与えたという伝説で有名。太公望と伴に兵法の祖として仰がれ、その名を冠した兵法書の種類は多い。
  くつ
*9 沓

履き物、靴。

能『鞍馬天狗』 背景

作者 不詳。
一説には宮増とも言われている。
宮増は、『小袖曽我』などの曽我物など合計36番もの能の作者とされているが、その正体はほとんど明らかになっていない。
典拠は『義経記』など
場所 京都 鞍馬寺
季節
(桜の咲く頃)
分類 五番目物 切能物 天狗物 太鼓物

能『鞍馬天狗』 写真

第二回 中村裕後援会能 昭和63(1988)年1月21日(木)
於 渋谷区松濤 観世能楽堂 撮影 前島吉裕/前島写真店

能『鞍馬天狗』
前シテ 山伏 観世流能楽師 中村裕/子方 牛若丸 長女

能『鞍馬天狗』
前シテ 天狗 観世流能楽師 中村裕/子方 牛若丸 長女

能『鞍馬天狗』
子方は稚児 右から次女/三女/長男 政裕、牛若丸 長女

能『鞍馬天狗』
子方は稚児 右から次女/三女/政裕、牛若丸 長女

能『鞍馬天狗』
子方は稚児 右から次女/三女/政裕、牛若丸 長女

    しゃなおう いでたち
「さても沙那王が出立には
はだ  うすはなさくら ひとえ
肌には薄花櫻の単衣に
けんもんしや ひたたれ
顯紋紗の直垂の
つゆ むす かた
露を結んで肩にかけ
しらいと はらまき しらえ なぎなた
白糸の腹巻 白柄の長刀」

能『鞍馬天狗』 子方は 牛若丸 長女

能『鞍馬天狗』 登場人物と装束

  前シテ
山伏
後シテ
天狗
前子方
牛若丸

他の稚児
後子方
牛若丸
ツレ
ツレ
従僧
中村政裕 中村 裕 小林秀政
大島世成
吉井仁香
伊藤天音
池内 楓
小林秀政 森 常好 舘田善博
冠り物 ときん
兜巾
おおときん
大兜巾
    角帽子 角帽子
仮髪  

赤頭

赤地金緞鉢巻

       
能面 ひためん
直面
おおべしみ
大癋見
       
上着

みずころも
水衣

すずかけ
篠懸

ふたえかりぎぬ
袷狩衣

  水衣
または
ちょうけん
長絹
水衣 ぼろ
縷水衣
着付

無紅厚板
または
大格子厚板


しゅうもん
繍紋腰帯

紅入段
厚板


繍紋腰帯

赤地縫箔


紅入厚板


繍紋腰帯

小格子厚板


浅黄

どんす
緞子腰帯

のしめ
無地熨斗目


袴/
裳着
白大口
(紺大口にも)
半切 稚児袴 白大口 白大口
(無しにも)
白大口
(無しにも)
山伏扇 羽団扇 童扇   墨絵扇 墨絵扇
 小道具

小刀

刺高数珠

    長刀

数珠

数珠
 間狂言

能力

木葉天狗

 作物 なし

小物は、分かりやすさを優先して、関連のある箇所に並列に記載しています。

繍紋(ぬいもん)・・・染めることではなく、縫う過程を経て家紋を入れること
抜き紋、染め紋のほうがより格式が高い
緞子(どんす)・・・厚みがあって光沢がある繻子(しゅす)の絹織物

出典 檜書店『観世流謡曲百番集』

参考

浮世絵に表現された能『鞍馬天狗』(当サイト内コンテンツ)

能『鞍馬天狗』- 耕漁『能楽図絵』前編 上(松木平吉, 1901)
→ 「国立国会図書館デジタルコレクション

能『鞍馬天狗』- 耕漁『能楽百番』前編 (1893-1908)
→ 「シカゴ美術館

能『鞍馬天狗』 ― 『能楽図帖』、耕漁『能楽百番』など、他多数
→ 「文化デジタルライブラリー
(運営 独立行政法人日本芸術文化振興会)

仕舞『小袖曽我』『羽衣 狂言『三本柱 能 『鞍馬天狗』

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