能『海士』(第28回 新潟薪能)

| あらすじ | 背景 | 登場人物・装束・キャスト |

能『海士』*1まとめ

  • 讃岐国志度浦*2を舞台とした切能*3(きりのう)、太鼓物。
  • 大臣 藤原房前*4が生母を探し、亡母の霊と再会する話
  • 生母が我が子と世襲のために命を懸け
    壮絶な出来事の末に最期を迎えたが、弔われなかったと知らされる
  • 房前は、飛鳥~奈良時代に政権の中枢で活躍した、
    平安時代に栄えた藤原道長・頼道の直系の子孫
  •  8世紀から伝わるいくつかの題材を基に制作されたらしい
    • 房前の出生にまつわる話
    • 藤原氏の女性が唐の后になったという伝説
    • 海底に奪われた宝物を取り返す海士の伝承
    • 房前が志度寺に寄進した話

能『海士』 あらすじ

大臣、藤原の房前は生母が讃岐志度の浦の海士と知って、その地を訪れます。

来かかった海士に尋ねると、生母の死の経緯を知っている海士でした。

かつて、唐土から送られた宝珠を途中で竜神に奪われ、わざわざこの地まで来た藤原の淡海*5は契りを交わした海士に宝珠の奪還を命じ、生まれた子を世継ぎにすると約束します。

海士は海底にくぐり、竜宮に飛び入って宝珠を盗み、胸(乳)の下を切り裂いて珠を押し込まて戻りましたと、仕方話*6(玉の段*7)で物語り、実は自分こそその海士で、房前の母ですと名乗って海中へ消えます。

房前が丁重な法事を営むと、母の霊は成仏を喜んで法華経を手にした龍女の姿となって現れ、経文も唱え舞を舞います。

  あま
*1 海士

海で魚貝を取る、
または藻塩を焼くことを生業とする人。

現在の志度湾では、牡蠣や海苔の養殖が
盛んである。

 しどのうら
*2 志度浦

讃岐国(現在は香川県)志度湾

 

志度寺
由緒正しく、四国八十八箇所霊場の一つ。

住所:香川県さぬき市志度1102

*3 切能

5つのジャンルに分類する際に
鬼・天狗・天神・雷神・龍神など
人間ではない生き物がシテとなる曲。

五番立の際に、最後の五番目に
演じられることから
五番目物とも言われる。

  ふじわらのふささき
*4 大臣 藤原の房前

藤原不比等の二男・藤原四兄弟の一人
(藤原不比等は、中臣鎌足の二男)

飛鳥時代から奈良時代前半に
中央政権に携わり
文武天皇・元明天皇・
元正天皇・聖武天皇に仕えた。

天皇制が確立し始めていた中央政権のもと
当時、藤原氏は、まだ政権の安定期で
あったとは言えなかった。
さらに、四兄弟の次男であった房前は、
中でも政治手腕が最も優れていたが
世襲のために親・親族にもさまざまな
苦労があったと想像できる。

兄 武智麻呂と、父 不比等の世襲で
競い続けたが、四兄弟の中では
最も早く天然痘により最期を迎えた。

 ふじわらのたんこう
*5 藤原の淡海

藤原不比等。

つまり、実父が、唐から送られたが竜神に
奪われてしまった宝珠を取り返すために
この地を訪れ、生母に出会って、契りを
交わした、ということ。

不比等は、天武天皇の擁立に功績があり
唐にならって大宝律令編纂などを行った。

後の世となれば、藤原氏の繁栄は
誰もが知るところであるが
世襲は何としても成し遂げねばならない
一族の課題であった。

不比等は、房前に世襲させたいという意図が
あったという通説もあるが
11歳で父の鎌足を亡くし、一人とは限らず
世継ぎを持ち、一生を掛けて育てた。

兄弟を競わせながら、政局の中で
一族が安定したポジションをとることに
成功したと言える。

 しかたばなし
*5 仕方話

身振り・手振りをまじえてする話。

 たまのだん
*5 玉の段

能『海士』の主人公が、生まれてくる
我が子や契りを交わした夫のために
竜宮から宝珠を奪還したことを
仕方話で物語る場面を指す名称。

仕舞、舞囃子、独吟、一調で
演じられることも多くある。

能『海士』 背景

作者 原作 金春権守(金春禅竹の祖父)周辺か
改作 世阿弥
題材 房前が讃岐国志度寺へ寄進したエピソード
志度寺に伝わる海士が玉を奪還する伝説
藤原氏にまつわる伝説
季節 仲春
→啓蟄(けいちつ)から清明(せいめい)の前日まで
(二十四節季の啓蟄と春分)
つまり、現在の暦で、3月6日頃から4月4日頃まで
分類 五番目物 太鼓物

能『海士』 登場人物と装束

能『海士』観世流能楽師 中村裕
前シテ
海士
中村裕
後シテ
龍女
中村裕
子方
房前大臣
小林秀政
ワキ
従者
森常好
ワキツレ
従者
森常太郎
冠り物  輪冠
龍戴
 金風
折烏帽子
仮髪  鬘
無紅鬘帯
 黒垂
紅入鬘帯
能面  深井
または
近江女
泥眼
上着 水衣 舞衣

単狩衣
または
長絹

繍紋腰帯

着付

摺箔
(無地
熨斗目にも)


浅黄

無紅縫箔腰巻
無紅縫入腰帯

鱗箔


白・浅黄

紅入縫入腰帯

 紅入縫箔


段熨斗目

素袍
上下


縹色
(薄い藍色)

無地熨斗目

素袍
上下


浅黄

袴/
裳着
色大口  白大口
無紅鬘扇 童扇 神扇 鎮扇 鎮扇
 小道具  鎌

海松藻

 経巻 小刀 小刀
 作物 なし

間狂言:浦の男 内藤 蓮

小物は、分かりやすさを優先して、関連のある箇所に並列に記載しています。

出典 観世流謡曲百番集


舞囃子『柏崎 狂言『茶壷 能 『海士』

写真 前島写真店

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