ご挨拶

 観世流能楽師 中村裕 公式サイトにお越しいただき、誠にありがとうございます。

 私が能に携わるようになりましたのは1960年代前半、まさに、現在と同様に、第1回目の東京オリンピック開催に向けて盛り上がり、当時は、大型のテープレコーダーが出始めた頃です。全く想像さえもしなかったコンピュータやインターネット、スマートフォンなどのツールを使いこなしているのが、今日の日本です。そして、インターネット検索などよって、実に、飛躍的に生活が便利になりました。

 それぞれがご自分の余暇のために、容易に様々な情報を詳しく入手できるようになり、魅力的な候補を検討された上で選択されますが、個性ある日本人としてのご自身を磨くために、余暇を使われる方も多くなっています。茶道や華道、和装の着付けや身のこなしを日常生活の中で自然に身につけ、日本の伝統文化を身近に感じて、お稽古をして楽しむというようなことです。実際に、今日でも、そういったお稽古をされることは難しくはありません。

 そして、日本は、ライブ・エンターテインメントを楽しむ人が、世界の中でも、特に多い国の一つだそうです。日本では、世界に誇る美味しい「和食」や「日本の食文化」のみならず、世界中の食を楽しむことができます。同様に、興味深い日本の伝統文化も含めて、世界中のいろいろなエンターテインメントをご覧になれますし、習うこともできる、世界でも有数の文化振興だと思います。

 来年は、43年に渡って拠点としてまいりました観世能楽堂が、かつての渋谷区松濤から中央区銀座に移転する予定です。銀座の松坂屋跡地を含めた新たに大きな商業施設と同じ建物に移築されます。まさに、銀座通りに面した場所ですので、交通の便も良く、お気軽にお出かけできるようになります。

 さて、いざ能をご覧いただくには、何を準備したらよいのでしょうか。あらすじを読んで、時代背景など分からないことを調べてみる。詞章(ししょう。能の台詞(せりふ)。一般の文章と同様に、文書ソフトウェアで記された現代の書式。)の読み込みに挑戦してみる。というように、準備できることはあるのですが、特に、初めてご覧になる場合は、能のことをあまりご存じない状況に身を委ねてみることも、一つの方法です。

 私の家族の一人が、世界で活躍するミュージシャンが多数出演する東京で開催のジャズ・フェスティバルに行った時、「いつも聴いている曲のように、ある程度の長さが型のように決まっているというわけではなく、即興的な展開があるので、初めて聴く曲は、リズムに乗って聴くだけで精いっぱいだった。でも、普段使っていない脳の機能が活性化されたような気がした。楽器の音の響きはすごく心地よいし、見終わったら、良かったなあと感じられた。」と申していました。感じ方は人それぞれなのですが、とにかく楽しかったようです。

 日本では、近年、外国からお越しの人数が急激に伸びています。一方で、海外や、外国資本の会社で活躍されている日本の方、ご経験のある日本の方もますます増えています。仲の良い外国人のご友人が、日本に遊びにいらした時などにはご一緒に出掛けて、ご案内されることもあるのではないでしょうか。そのような時に、日本のこと、ご自身の地元のこと、日本文化のことをどのように紹介することができるでしょうか。以前、海外で、ある友人が、私が友人なのにもかかわらず、まるで、客人のように丁重におもてなしをしてくれたことが何度かありました。私自身は日本で何ができるのか、多くを学び、深く考える機会になりました。

 外国からの訪日客の皆様をさらに誘致するためには、日本人自身が日本の魅力をもっと海外にアピールしていくべきだとも言われています。一人一人がどうすればアピールできるようになるのか、難しそうでもあります。しかし、日頃から、ほんの少しでも意識して活動されるだけで、可能性が広がると思います。

 他のエンターテインメントも拝見して、感じたことを自分以外の誰かに説明できることも、とても大切だと考えています。

 日本の魅力を、日本人があらためて客観的な目で見て、伝えていくこと。これは、外国人のお客様のためだけではなく、昔を知らない世代の日本の皆様に、しっかりと伝えていく意義とつながるように感じています。

 

 

観世流能楽師

中村裕